近隣の市町との合併

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このトピックには27件の返信が含まれ、2人の参加者がいます。2 年前 たけこし さんが最後の更新を行いました。

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  • #5257 返信

    栗原健成

    先の「官」の縦割り意識の打破と「民」の競争促進の観点から提案したい。
    私自身、銀行勤務時代に2度の合併を経験しましたので、経験則から記しました。

    #5258 返信

    たけこし
    キーマスター

    合併により、新たな血の注入?、新たな流れや循環・交流を起こす?といった感じでしょうか?
    ただ最近は、合併によるデメリットの指摘も、少なくはないですね。

    ちなみに、想定される市町村はありますか?

    #5285 返信

    栗原健成

    平塚市の場合、吸収合併された旧金田村の助役だった石川京一氏が市長になっていることから、能力主義は貫かれていると思います。
    合併そのものは小規模なものではインパクトに欠けますし、メリット感に乏しい。
    かつての「湘南市構想」レベルは必要でしょう。
    対象としては、①大磯町・二宮町、②秦野市・伊勢原市、③厚木市、④茅ヶ崎・寒川町、⑤藤沢市でしょうか。
    大合併構想は、昭和20年代にも議論が盛んでした。
    ①②は、旧中郡であり、昔の高校の学区にほぼ相当します。つまり、人的交流がある。
    ③④⑤は、旧制中学の学区を意識しています(石川京一市長は旧制厚木中学出身者です)。
    また、個人の婚姻面でも関係は深いです。
    いずれも、お殿様がいない地域でしたので、宿場と助郷村の関係、部落社会の連合体としての名残があります。
    合併によるメリットとデメリットの検討、相手先の内部事情の分析を冷静に行うことは必要でしょう。
    横浜、川崎、相模原の各市でも、様々なお家事情を抱えているそうですから。

    #5286 返信

    たけこし
    キーマスター

    なるほど。
    結構な規模で考えているのですね。

    自治体の規模観でいえば、日本では政令指定都市クラスというのは適当ではないうか?、と常々考えています。
    特に、個別には区のレベルで対応し、市の単位でまとまっているという仕組みがよいです。
    とはいえ、仕組みについてそれほど知っている訳ではないですが、市町村と県の関係はいま一つに感じられるところが少なくありません。

    その点で、「湘南市構想」は、「悪くはない」という感想です。
    昔、このよな感想を記しましたが、今もあまり変わっていません。
    http://hiratsuka-tai.com/?p=3125

    ただまあ、現実的には、難しいでしょうね。
    各市町とも、人口と税収はそこそこの規模がありますし、歴史も持ちます。
    また、中心となる核が点在するような合併は、うまく行きにくい傾向があるようです。

    それでも、100万人程度の政令指定都市というのが、自治体のモデルとしてはよさそうに考えています。。。

    #5292 返信

    栗原健成

    実は地方自治法の改正で、政令指定都市の人口要件が100万人から50万人へ引き下げられました。
    平塚市25万人、大磯町3万人、二宮町3万人で31万人。秦野市17万人、伊勢原市10万人を加えて58万人。
    これで人口要件は充たされます。
    しかし、厚木市22万人と秦野市・伊勢原市、愛川町4万人が合併すると53万人で、政令指定都市の人口要件が充たされ、平塚市は取り残されます。
    昭和20年代に茅ヶ崎市との合併話もありましたが、こちらの方が困難でしょう。
    ただし、財政面から考えると、茅ヶ崎市は財政面で劣位にありますので、県の指導が強く働くとどうなるか分かりません。衆議院議員の小選挙区も同じです。
    平塚市民の多くは、現在の平塚市域で物事を考えがちですが、県や近隣市町の事情等を客観的に把握する必要があるかもしれません。
    また、吸収合併する側には、吸収される側の住民感情をしっかりと汲み取る器量が求められます。

    #5294 返信

    たけこし
    キーマスター

    市町村合併でうまくいくパターンは、大きく分けて2つありそうに考えています。

     1.規模に大きな差があるところが小さなところを吸収
     2.以前から交流の深いところが一緒になる

    1のパターンは、この近辺ではなかなか起きにくいように想像します。
    人口や予算の規模でいえば、町村は決して大きいとは言えませんが、困るほど小さくもないですね。
    (もっとも、この先、また状況が変わるとは思いますが)

    何より、大礒などは、ブランド力が高いですね。
    平塚と合併するとして、大礒市なら許してくれるでしょうか?(笑)

    2は、理想的ですね。
    この点、平塚は、近隣の市町との関係はどうなのでしょう?(事務的な関係以外で)
    暫く前から、ちょっと興味を持っています。

    政令指定都市の人口要件ですが、実際には70万人は必要という話もあるみたいです。
    相模原市や熊本市など、70万人を超えてから移行したと記憶しています。
    (或いは、他の条件に引っ掛かっていたのかも知れませんが)

    #5295 返信

    栗原健成

    1.については、名と実を分けて考えると良いかもしれませんね。名前は「大磯市」でもいいから、市役所は「浅間町」の現平塚市役所とするとか。おそらく、「湘南市」の主張は出るでしょう。ならば、「平塚区」「大磯区」「二宮区」もありでしょう。
     なお、旧相模原市は昭和30年代の大合併で市制が施行されていますが、中核となる町は存在しなかったようです。そのため、機能分散型の都市になっています。平成の合併では旧津久井郡を吸収しています。
     このあたりは、県の意向が大きいです。かつての平塚市の合併も県の意向が大きく影響しています。その観点からすると、ツインシティ構想にも県の伏線がありそうです。
    2.については、高校の学区が分かりやすいでしょう。最近まで平塚市、大磯町、二宮町、中井町が同一の学区でした。若手で企画する「三十路式」なんかも同一区域ですし、SCNの放送網も同一区域をカバーしています。
     秦野市、伊勢原市については、51歳以上の方は平塚・秦野学区の世代です。50歳以下は、平塚学区と秦野・伊勢原学区の分離以降の世代になります。つまり、現在、市内の指導的な立場にいる世代(50歳以上)には、抵抗感が少ないことになります。問題は、ここ30年以内の平塚市に転入した住民がその辺りを理解していないことでしょう。これは、既存住民が自身の子供や転入者に伝えていないことにも問題があります。また、市北部の開発により、小田急線で通勤通学をしている平塚市民も多くなりました。市南部の居住者は平塚駅を中心に考えていますので、市北部居住者の動向を理解していないの実態のようです。
     「横浜から見た平塚」というより、「横浜から見た県央地域」が実際なのではないでしょうか?

    #5296 返信

    栗原健成

    訂正:相模原市の昭和の大合併について
    大正15年に溝村が町制施行で上溝町。
    昭和16年に相原村、麻溝村、新磯村、大沢村、大野村が合併して町制施行で相模原町。
    昭和29年に相模原町と上溝町が合併して市制施行で相模原市でした。

    #5297 返信

    たけこし
    キーマスター

    この辺りで合併があるとすれば、「湘南市」という名称の政令指定都市にして、区に現在の名前を残すというのが、一番現実的で無難そうですね。
    その点では、「湘南市構想」は、よかったと思います。(笑)

    昭和の頃の合併は、それぞれの町村の人口は、千から多くても数万程度であったものと思われます。
    人口の規模や権利思想?などに対する成熟度合いといったようなものが今と異なるので、参考にしづらいところはありますね。
    他にも、世代間による認識の違いや価値観の多様化などあり、現代はかなり複雑になると思います。

    厚木に関しては、愛川と関係が深いのは周知ですが、海老名や大和の方で合併の構想があり、厚木を引き入れたいと言った話を耳にした記憶があります。
    多分、暫く前の話で、現在も残っているのかは怪しいですが。

    #5298 返信

    栗原健成

    過去の平塚周辺の市町村合併は、県主導です。
    この辺りの事情は、「平塚市史10」あたりが分かりやすいと思います。
    要は、財政事情でしょう。
    市民意識云々は時間が解決します。

    #5299 返信

    たけこし
    キーマスター

    どうも、昭和の頃と現在では合併に対する難易度が大きく違うというのが、私の考え方のようですね。

    都道府県と市町村との関係も、変化しているという認識です。
    都道府県の力?影響?が思っている以上に強いなら、平成の大合併ももう少し多かったのではと想像しています。

    #5300 返信

    栗原健成

    明治の大合併、昭和の大合併、平成の大合併、皆違いますね。
    平成の大合併では、1995年に3234あった市町村が、2007年には1812になっています。
    県内では相模原市だけでしたが、全国的にはそれなりの合併がされています。
    申し訳ありませんが、主観に頼らずに客観的な議論ができるとありがたいです。
    平塚市民の弱点は、その辺りにあると思っています。

    #5301 返信

    たけこし
    キーマスター

    書き方が十分ではなかったですね。

    平成の大合併の数が多いか少ないかという判断は主観になってしまいますが、私は多いとは思っていません。
    住民の反対により頓挫したケースや、従来の町村のままでいることを選択したケースも、少なくはなかったと記憶しています。

    平成の大合併については、数より中身を見るべきでしょうか。
    こちらのリストを参考にさせてもらいました。
    http://www.8toch.net/gappei/list.cgi

    これによると、2つ以上の市が関係したものは、18程度です。
    3つ以上の市となると、さいたま市と新潟市の2つだけのようです。
    この結果だけでは簡単に評価できませんが、人口と税収の規模が大きくなれば難易度が高くなる、起きにくいというのは、あながち間違えではないだろうと考えています。

    最も参考になるのは、「さいたま市」かも知れませんね。
    合併前の人口は、浦和市、大宮市とも40万人を超え、与野市も8万人を上回っていたとのことです。

    ただ、合併構想そのものは、かなり歴史が古かったようです。
    埼玉県には政令指定都市がなかったといった条件もありました。

    「湘南市構想」は、唐突な感じがありましたが、もう少し検討を深められればよかったですね。。。

    #5302 返信

    栗原健成

    合併の意思決定は、メリットとデメリットの比較考量によって生じますね。
    合併を拒んだ市町村は、その後どうなったか?
    数十年単位の超長期での分析は必要かもしれませんね。
    親や祖父母の世代が決めたことで、子や孫の世代がツケを払うことがなければいいですね。

    #5308 返信

    たけこし
    キーマスター

    合併を選択してよかったか悪かったか、合併を選択しなくてよかったか悪かったか、評価できるのは後の世代ですね。
    2004~2005年頃に合併したところは10年になるので、10年後としての評価はできるでしょうか。
    一部ではなく、多くの事例を網羅した評価・検証レポートのようなものが出てくると、面白そうです。

    テーマに話を戻せば、ある程度の人が集められるなら、官を置き去りにして民で勝手に検討してみるというのもありだとは思います。
    初めは小さな取り組みでも、花開くことはあるでしょう。

    ただ、栗原さんも私も平塚の人なので、2人では限界がありますね。(苦笑)

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