東海道馬入松原跡碑

旧国道1号線近くに建てられている碑です。

 

東海道が制定された1601年(慶長6年)、江戸幕府は馬入村から平塚新宿間の約240間(430メートル)に松を植えたそうです。

それは、中原御林16ヶ所の一つであったということで、旅人はこの地を松原と称するようになりました。

 

現在は、町名では「松原」はありません。

ただ、1945年(昭和20年)7月の空襲の後に再建された小学校は「松原小学校」となり、この碑が建てられている公民館は「松原公民館」です。

地区名は「松原地区」で、今も名前が残ります。

 

1764年(明和元年)に作成された「相州大住郡中原御林絵図」には、江戸幕府の直轄林の名称と区域が示されているそうです。

 

【東海道馬入松原跡碑】

平塚市八千代町2-23 (松原公民館敷地内)

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平塚八幡宮の参拝風景

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2020年

〇 花菜ガーデンのアジサイ(アナベル) 2020年6月

 

〇 花水川の夕暮れ 2020年5月

 

○ 夕暮れ時の富士山 2020年4月

 

○ 青空と桜 2020年3月

 

○ J1リーグの開幕 2020年2月

 

○ 平塚八幡宮の参拝風景 2020年1月

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真田学校跡の碑

平塚市の西部、天徳寺境内に建てられている碑です。

 

明治初年、大住郡南金目村に、郁文堂という私塾がありました。

1872年(明治5年)、学制が発布され、真田村天徳寺の本堂を校舎にして、足柄県第一大学区第二十九中学区第四十四番小学郁文堂が開校しました。

その後、校舎が新設され、1877年(明治10年)に真田学校と改称されました。

 

1879年(明治12年)10月には真田・矢名・金目の3校に分離し、1886年(明治19年)には3校の高等科が真田学校に併置されました。

1889年(明治22年)の町村制施行により大根村が誕生し、真田・矢名の2校は合併し、尋常大根小学校になりました。

 

真田学校は、平塚市立金目小学校、秦野市立大根小学校、伊勢原市立比々多小学校の源流として、近代日本の黎明期に初等教育機関としての役目を果たしたと案内されています。

 

碑の裏側には、沿革が記されています。

 

水子地蔵尊ともう一つの碑が、並んでいます。

 

もう一つの碑には、「念ずれば 花ひらく」と記されています。

 

【真田学校跡の碑】

平塚市真田1-14-1 天徳寺境内

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花菜ガーデンのアイスチューリップ

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